<   2016年 05月 ( 7 )   > この月の画像一覧

今年の人間ドックは7月4日

今年の人間ドックは7月4日だ。
残り1か月ほどになってしまった。
昨日の計測では72.0kgだった。

BMI24.9以下にするためには
24.9×1.665×1.665=69.1
なので、
69.0kgは切っていないと安心できない。

これから1か月で3.0kg減量しなければならない。

ドック直前に減量すると
ほかの検査数値に悪影響が出る。
笑い話になってしまうが、
実際、脱水症状を示す値が出た経験がある。

ここ10日くらいで運動量を増やして
代謝を上げる必要がある。

また、宴会の類は極力回避して、
アルコール、カロリーともに
摂取を避ける必要がある。

7月4日は
アメリカ独立記念日
であるが、
私にとって
肥満からの独立記念日になるように努めたい。




[PR]
by japan-current | 2016-05-30 06:00 | 体重・BMIの推移 | Comments(0)

大きなトマト(画像)

c0095094_23444321.jpg

友人から大きなトマトの写真だけ頂いた。

二つ並べたので、小さそうにみえるが、トマト一つだけとペットボトルと比べてみると、その大きさに驚く。
透明なペットボトルよりも色の濃いトマトに目が行き、トマトの標準的な大きさが、まず頭に描かれるので、このトマトの大きさが想像され難い。同じペットボトルでも、色の濃いものや標準的な大玉トマトと同じくらいの缶コーヒーなどを並べれば、よくわかったと思う。
実のところ、「カボチャほどの大きさがあったので、バストに見立てて2つ並べた」という作画意図を説明されるまでは、普通の大玉よりも少し大きいくらいと思っていた。
目の錯覚というか、見せ方というのは大事だなと改めて思う。

[PR]
by japan-current | 2016-05-28 23:44 | 日常の風景 | Comments(0)

概ね6ケ月経過した粉瘤が抜けた穴(画像)

c0095094_9371056.jpg

2016.1.6に粉瘤がとれてできた穴の様子。
もう乾いているが、穴は形を保っている。
風呂では気を付けながら老廃物が溜まらないように洗っている。

【カテゴリーとタグにそれぞれ「粉瘤」を設定していますので、経過をご覧いただけます。】

http://japanc.exblog.jp/20657426/
http://japanc.exblog.jp/24322638/
http://japanc.exblog.jp/25165617/
http://japanc.exblog.jp/25165695/
http://japanc.exblog.jp/25165749/
http://japanc.exblog.jp/25165916/


[PR]
by japan-current | 2016-05-28 09:37 | 粉瘤 | Comments(0)

舛添要一の品性 と 政党政治

間接民主制を運営していくうえで
政党が果たす役割は大きい。

たとえば
自民党公認や推薦の候補者は
その人物や人間性を知らない有権者に対して
保証しているということではないだろうか。

舛添要一という人物の人間性は
身近な人々はよく知っていたようである。
彼の品性がこれほど卑しいことを知っていたいのか知らなかったのか。
それはさておき、
ここまで卑しい人物を都知事に据えておくことは
国民として許せない。
都知事に限らず
都道府県知事の決断や言動は
少なからず他の都道府県にも影響する。
なかでも都知事は首都東京を代表する立場であり、
都民でなくとも国民の一人として
彼を神輿の乗せた政党に責任を取ってもらいたい。

起訴されている兵庫県議と同じ
若しくはそれ以下の人間性だ

賢いだけに始末が悪い。

地位が上がれば上がるほど
人間の品格が問われる。




[PR]
by japan-current | 2016-05-22 12:21 | ニュース | Comments(0)

うんざりする強風

九州の地震は、いつまで続くのだろうか。
落ち着かない日々が1か月も続いているなんて、
精神的に参ってしまうだろうと思う。

我が家も、中央構造線を構成する活断層から1キロに満たないところにある。
その近さだけではなく、未知の断層の上に住んでいるのかもしれない
という言葉にならない不安が漂っている。

また、いつもは穏やかな時期なのに、
九州の地震と時期を同じくして
暴風が吹き荒れている。
困ったものだ。

[PR]
by japan-current | 2016-05-15 15:50 | 日常の風景 | Comments(0)

早朝の散歩

昨夜は、20人ほどの親しい仲間の飲み会があり、
今朝は、4時半に目覚めた。
散歩に出かけた。
晴天で風もない
穏やかで清々しい朝だ。
港では
小魚が群泳しており、
穏やかな水面がキラキラしていた。
朝日を浴びながら
帰宅した。


[PR]
by japan-current | 2016-05-13 07:09 | 日常の風景 | Comments(0)

地震の連鎖と伊方原子力発電所

熊本から大分にかけての地震に収束の気配はない。
そんななかで心配されるのが
再稼働に向けて歩みを進める伊方原子力発電所だ。

地震の連鎖や震源の移動に関する学者の見解を見聞きしても、競馬の予想屋と変わらないように感じる。それはそうだ。彼らは、これまでそんな研究などしていないし、データもない。

そこで、歴史を振りかえるとどうなのか。
17世紀の地震に関する記事があった。
この記事は次のように結ばれている・
『「400年前の東日本大震災」のあとには、国内最大級の活断層である「中央構造線断層帯」の西端の熊本・八代でまず地震が起き、大分・広島・愛媛・香川へと西日本の中央構造線を東に向かって、次々と地震が連発した形跡があるのです。』

そうなると伊方原発は大変危険な存在になる。
アメリカの威信をかけて取り組んだアポロ計画やスペースシャトルでも多くの失敗があり、殉職者を出している。

ロケットは、危険を覚悟の上のクルーが亡くなるだけだが、原発はそうではない。
原発に事故があった場合のリスクは、甚大であるだけでなく、取り返しがつかないものだ。

原発がなくても我が国の国民生活や経済に影響がないことは過去に実証済みだ。
原発に限っては、リスクが限りなくゼロに近くても、全くゼロではない以上、稼働させる必要はないと思う。

以下引用です。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160501-00000004-sasahi-soci
熊本大地震は「前例」あった “17世紀と酷似する”地震パターンとは〈AERA〉
dot. 5月6日(金)16時0分配信
熊本大地震は「前例」あった “17世紀と酷似する”地震パターンとは〈AERA〉
さまざまな古文書に、日本列島が震えてきた歴史が克明に刻まれている。地震が時の為政者の運命を左右することもあった(撮影/写真部・大野洋介)
 今回の地震について、気象庁は「前例がない」と言った。だが、古文書をひもとけば、今の日本の状況とあまりにも似ている時代があった。我々は歴史に学ぶ必要がある。歴史学者・磯田道史さんに話を聞いた。

今回の一連の地震で、震源が熊本から阿蘇、大分と北東方向に100キロを超えて広がっていっていることについて、気象庁は「前例がない」としていますが、果たしてそうでしょうか。確かに気象庁が観測を始めた1875年以降では前例はないでしょう。しかし、500年、千年という長いスパンで災害の歴史を研究してきた私の立場から見ると、前例なしとは言えない。それどころか江戸時代初期の17世紀前半とかなり状況が似ていると考えています。

 順を追って説明しましょう。まず1611年に「慶長の三陸沖地震」が東北地方で起きました。これは東日本大震災と同タイプの東北沖の海溝型巨大地震で、津波による多数の死者が出ました。

 その8年後に、今回と同じ肥後地方で、一つの都市が壊滅するような大地震が起きています。熊本藩の地誌「肥後国志」十四巻には「卯の刻(午前6時)より大地震い、午の刻(正午)にいたり、城楼崩壊す」とあります。この城楼とは、八代にあった麦島城のことで、最初の地震から数時間、幾度となく襲いかかる激震で6時間後に櫓(やぐら)などの建物が崩壊してしまったのです。

 さらに「浄信寺興起録」という記録には「大地震動す。山鳴り谷応え」とあります。ゴーゴーと不気味な地鳴りがして、谷でこだまするような状況だったのでしょう。城の石垣や櫓が壊れ落ち「死傷するもの無数」、都会だった八代の町が「たちまち荒陵と変ず」とあります。おそらく震度6強ないし7の非常に強い揺れと余震で、城下は6時間の断続する揺れで消滅したと思われます。

 ちなみに熊本では、記録に残る最も古いものとして、744年、天平時代にも大地震が起きたことがわかっています。今回の地震を起こした布田川(ふたがわ)と日奈久(ひなぐ)の二つの断層帯は数百年単位で激しく動いているのです。

 さらに私が今回、注目したのは当時、豊後(大分県)竹田を治めていた岡藩中川家の「中川史料集」の記述です。八代の麦島城の天守閣が崩壊した同じ日、同じ午の刻に「岡大地震御城中所々破損」とあります。これは竹田の岡城が地震で崩れ破損したことを意味します。つまり、熊本が揺れ、その6時間後には、大分竹田の断層も、城を壊すほど激しく動いたのです。今回同様、熊本の地震が大分にまで広がっていた可能性が高いのです。

 東北で震災が起き、その数年後に熊本で都市そのものが壊滅するような地震が起き、その地震が大分にまで広がった。つまり、今回と非常に似通った地震活動が400年前に起きていたとみるのが自然です。

 その後の展開も気になって調べてみると、熊本と大分の地震から6年後の1625年に広島・愛媛・熊本・香川で地震が連発します。広島は、八代、熊本、竹田を通る断層群の延長線上にあるので、私はこの地震に注目しています。まず同年1月、広島で地震が起き「安芸広島城の石垣・塀・多聞などが崩壊」します。多聞とは城の細長い櫓で、広島城の地盤はあまり強くないので、震度6ぐらいで石垣や櫓が崩壊したと思われます。城下の被害記録はないのですが、櫓が落ちるかなりの揺れだったことがうかがわれます(「自得公済美録」十七ノ下)。

 同年4月、今度は愛媛を地震が襲いました。「伊予温故録」によれば道後温泉が「地震にて塞」がって「松山城主蒲生忠知命して湯神社に祈祷す」とあります。7月は再び肥後熊本で大地震が起きています。相当な被害があったようで「丁巳雑録」という史料ではこんな内容が記されています。「(旧暦6月)17日に揺れ始めて、天守その他城内の建物が崩れ、瓦も飛んで骨組みの木材だけが残った。城中にいた50人ばかりが死んだ。火薬庫が地震で爆発し、跡形もなく吹き散らした」

 熊本藩細川家の「部分御旧記」には、「本丸には庭がなく四方が高石垣。そのうえ、櫓・天守もなかなか危ない。許可を得て、地震屋(殿様の地震避難舎)を建てる庭を造らねば、本丸にはいられない」というような記載があり、余震が続いたことがうかがわれます。さらに同年11月上旬には「四国中国大地震」という記録が香川県に残っています(「田宮物語」「長尾町史」)。

 つまり「400年前の東日本大震災」のあとには、国内最大級の活断層である「中央構造線断層帯」の西端の熊本・八代でまず地震が起き、大分・広島・愛媛・香川へと西日本の中央構造線を東に向かって、次々と地震が連発した形跡があるのです。

(構成・アエラ編集部)

※AERA  2016年5月2日-9日合併号より抜粋

[PR]
by japan-current | 2016-05-07 09:40 | ニュース | Comments(0)

胸を張って「BMIは22です」と言えるまでの徒然草。「japan current」とは「黒潮(日本海流)」のことですが、「日本の今」という意味合いをあわせて用いています。


by Japan-current
プロフィールを見る
画像一覧